パヤオの発祥伊良部島で成功

パヤオの発祥伊良部島で成功

糸満盛健 沖縄県漁業振興基金理事長

 パヤオの語源はフィリピンのタガル語で海での漂流。流木などを指す言葉のようである。漁業者は、漂流物や流れ木に魚が集まることについて、漁業経験のなかで良く知り漁業として利用してきた。その一つカツオ釣り漁業者か沖合で流れ木を見つけ、それに集まるカツオの群れを釣って入漁していることである。

 また国頭村宜名真の茅打ちバンクの2~3キロ沖合では、毎年、十月中旬頃からシーラ(方言名・フーヌイュ)の回遊時期になると、昔から木の枝や竹などを束ね沖合に浮けシーラを集める漁業が行われ、漁猟物はフーヌイュの乾物として地域特産物となっている。

 漂流物や流れ木に魚が集まることについては、良く知られていたが積極的に漁業としての開発は行われてこなかった。漁業の進取性の富む宮古伊良部島の漁業者はフィリピンでヤシの葉を束ね海に浮かべ回遊性魚の漁獲をしているのを見て、沖縄で何とかできないかと取り組んだのがパヤオ漁業の始まりである。

 初めてパヤオか設置されたのが昭和57年で25年を経過しているが、今後のパヤオ漁業の発展を期すために宮古地区では8月8目をパヤオの日として制定し広く県民に理解と支援を求めていきたいとしている。

 沖縄の水産業を振り返ると、復帰前の遠洋漁業、その後、宮吉島を中心とする南方カツオ漁業が一時代を築くが、昭和57年ころから南方カツオ漁業にも陰りが見え、新しい活路を見いださなければならない時であった。

 伊良端島でのパヤオ漁業の成果は、すぐに全県下に広がり、また、県行政の支援などもあり沖縄県漁業の中心となっている。現在、遊魚礁として全県下に170基余が設置され利用されている。

 ところで、広い海域とはいえ、漁業となる場所は限られ、漁業利用をめぐっては、他の漁業や県外船との調整に関係者が苦心しているところである。また、漁業者内部においても各地域で協議会を設け秩序ある利用をしているところであるが、たまにルールが破られトラブルが生じている。何事も発展していくためには、秩序か大事であり、宮占地区でのパヤオ日制定を機に一層の秩序づくりを図り、今後のパヤオ漁業の発展を願う次第である。

 

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